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「人工知能は敵か味方か」(著: ジョン・マルコフ)を読みました

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読了。中東・イスラム本が続いた中、閑話休題的に。
この本、タイトルの日本語訳がもったいない!

「コンピューターやロボットの開発は、人間およびその能力を代替するか(人工知能)拡張するか(知性の拡張)という正反対のアプローチの間を揺れ動いてきた。Siriなどパーソナルアシスタントには両者を統合する可能性も垣間見えるが、人間を代替するか拡張するか決定するのは技術ではなく人間自身である。」(140字)

原題は、”Machines of Loving Grace - Quest for common ground between Humans and Robots”。
直訳すると「優しく優雅な機械たち-人間とロボットの共通の基盤を求めて」みたいな感じでしょうか。(たぶん何かをもじっているんだと思うのですが、元ネタが分かりません…)

本書はPCができる以前からのコンピューターとロボットの開発の歴史が、対極的な2つのアプローチを軸になされてきたことを解き明かしています。
それは、人間をコンピューターやロボットによって置き換えようとするのか(=「人口知能」のアプローチ)、人間の能力をコンピューターやロボットによって拡張しようとするのか(=「知性の拡張」のアプローチ)、という2軸です。
これほど源流にさかのぼって整理しなおした記述は初めて読んだので、へぇ~そういう視点で見れるのね、っていうのは新鮮な気付きでした。
(ただ、固有名詞(人名)がめちゃくちゃたくさん飛び飛びに出てくるので頭こんがらがりました。。。)

その歴史の整理もさることながら、コンピューターやロボット開発にあたるエンジニアたちがアメリカでどうワークしているのか、という様子がうかがえたのも、本書の面白さの一つでした。
DARPAという国防総省下の国防高等研究計画庁が、実用化への近さに関わらず研究開発のお金をかなり出していること、エンジニアたちはプロジェクトを渡り歩くように仕事・起業していること、などなどです。

本書についても結論だけから言うと、人工知能が敵か味方かはわれわれ人間次第、という至極当たり前の結論なのですが、一番の読みごたえは、原題の通り、人間とマシーンたちとの関係を手さぐりしながら開発してきた歴史の部分にあります。
それを今や答えが分かりきった問いをタイトルに掲げてしまっては、本書への関心を不当に短く終息させてしまうことになってしまってもったいない。。。

もはや人工知能もロボットも使わないことにはならないでしょう。
使う前提でどうしたら人間の敵になっていかないか、筆者ご指摘の通り、専門家だけじゃなくユーザーとしてもよーく見ておかなくちゃいけないですね。

 

人工知能は敵か味方か

人工知能は敵か味方か