「アラー世代: イスラム過激派から若者たちを取り戻すために」(著:アフマド・マンスール)を読みました

ドイツでソーシャルワーカーとして、イスラム過激派に走りそうな(走った)子を持つ親たちの相談に乗ったり、学校に出向いてワークショップを行ったりしている著者が、なぜ子どもたちが過激派に取り込まれるのか、それを予防し取り戻すためになにをすべきか説いた一冊。
心理学のバックグラウンドをもつ著者だけあって、過激派に走る若者たちの心理的要因も考察されているのが珍しいと思います。しかも自身も一時期ムスリム同胞団の活動に参加した元過激派という経歴の持ち主なので、なおのこと筆致に説得力があります。
それと、ドイツでサラフィズム(原始イスラム教に一言一句たがえず忠実にあろうとする、原理主義的一派)がどのくらい間近に迫った存在と感じられるのか、という視点でも興味深く読めるんじゃないでしょうか。

 

イスラム過激派に取り込まれている若者のうち実際に暴力行為に及ぶ者は氷山の一角で、宗教的不寛容やハラル・ハラムの硬直的厳守など、サラフィズムの傾向を示す者の裾野ははるかに広い。ドイツの民主主義を守るため、心理的・社会的要因をよく理解し、包括的な対策を早急に取らねばならない。」(136字)

 

著者によると、ドイツにおいてサラフィストの方が優れたソーシャルワーカーになってしまっているケースが見られるそうです。

サラフィストたちは心理的・社会的要因によって人格構造が不安定な若者の脆弱性をよく理解しており、絶対的に帰依することができ、また帰依することによって帰属集団や他人に対する優越感を手に入れることができる対象を提供することで、若者たちに巧みに近付き自分たちの勢力に取り込むことに成功している、と分析しています。

実際、ドイツの学校で、(実際にはそうは言わなくとも)肌を露出すべきでないという理由で多くの女子生徒がプールを欠席するという現象が多数あり、ローンウルフとしてテロに走ったり、シリアにISに参戦しに行くという極端な形ではないにしても、イスラム過激派に取り込まれつつある若者たちの裾野は広がっているんだそうです。

何かに一途に帰依している人たちの伝道・勧誘にかける熱意と緻密さというのは本当に強烈なものがあり、それが押しとどめがたい勢いを持つことも想像に難くはありません。
多分これは、特殊利害を持つ人たちの声が通りやすく、広く薄い一般利益は守られないという、貿易と関税を巡る政治でも見られるケースによく似ている構造なんだろうなぁと思います。
ただ関税の場合とは違って、原理主義は他者に対する不寛容性を伴いやすいので、個々は広く薄い利益しか持たないその他大勢の方でもきちんと手を打たないと手遅れになりかねないのが怖いところ。


ポピュリズムの台頭など特殊利益を求める声ばかり大きくなる今、こういう広くて薄い一般利益をどう守っていけるかというのが、グローバルにもナショナルにも求められているチャレンジなんじゃないかと思いました。

 

アラー世代: イスラム過激派から若者たちを取り戻すために

アラー世代: イスラム過激派から若者たちを取り戻すために