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テクノロジーは貧困を救わない(著:外山健太郎)を読みました

著者はマイクロソフト・リサーチ・インドの共同設立者。
テクノロジーは貧困問題の解決に寄与しうるのか/そうではないのか、寄与しうるとしたら/寄与できないとしたら、それはどんな条件の時なのかをリサーチしてきた経験をまとめ、考察したのが本書です。

 

「テクノロジーは既存の傾向を増幅し、無から有を生まない。先立つプラスの人的能力、心(意図)・知性(判断力)・意志(自制心)が必要である。テクノロジーのばらまきに比べ不足しがちな内面の成長をメンター的に後押しする介入は、私たち自身成長し願望を自己超越的対象に拡大することで増やせる。」(139字)

 

アクセスさえ提供すれば、あとは自動的に全てが解決されるー。
そんなテクノロジー楽観主義を著者は一蹴します。

エジプトでの革命もfacebookがあったから実現したわけではなく、すでに市民の間に不満がたまっており、それらを共有し運動を組織化するのにぴったりな仕組みだったからfacebookが使われただけ。
一時華々しく喧伝された「ワン・ラップトップ・パー・チャイルド」(子ども一人に1台のノートPCを支給し教育に活用しようというプロジェクト)も教育的効果を生んだという結果には至らなかった。
「ホール・イン・ザ・ウォール」(スラムの壁にPCを埋め込んでネットアクセスを提供し自己学習等に活用してもらおうというプロジェクト)もまた然り。

 

そして計測され目につきやすいものに飛びつく安易さを戒める著者は、貧困を含む社会問題を解決するには、効果が測りづらく、成果が出るのにも時間がかかって粘り強い並走が必要となる人間の内面の成長を促すことこそ重要であると指摘します。
そして被助言者にとっても助言者にとっても、こうした活動にコミットし続けるためのキードライバーとして位置付けられているのが願望です。
『私たちに救える命』のピーター・シンガーも引きつつ、自分も含めて今幸福に生きられている人たちそしてその人たちの集まりである社会は、その願望の対象を自己にとどめず他者をも含むものに拡張することによって、 安直な一見解決策のように見えるものを避け、真に必要な内面的成長への粘り強い並走にもっと踏み出さなければならないと主張するのです。

 

技術オタクを自任する著者が重ねてきた様々な試行錯誤の末の著作なので、取り上げられている事例も直接関わったものであり、主張のひとつひとつに説得力があります。

開発・貧困の分野における議論の時流や幅も十分押さえられていて、とても読み応えがありました。
なかでも「おぉ」と思ったのが、ジェフリー・サックスとウィリアム・イースタリーの、ある意味イデオロギーチックな論争をまぁまぁととりなした『善意で貧困はなくせるのか?』で提起されていたランダム化比較試験までもが、本書ではやり玉に挙がっていたこと。
すなわち、計測できるよう条件をコントロールしている時点で対象群は一定の介入にさらされているケースがあり(モラルが上がるなどして)効果が上がることが運命づけられているようなものであるという方法論的な観点や、計測できないけれども大事なことがあるというそもそも論的な観点での批判がありました。

 

ランダム化比較試験を取り入れたプロジェクトは「おお、これこそ今後の主流かも」と思ったのですが、やはりと言うか、ことはそんなに単純ではないようで、開発の世界において自分が行う介入の立ち位置・性格付けをどう客観的に見ていくかは、なにかに寄りかからず常に自己点検を怠らないことが必要なんだなぁと考えさせられました。

 

 

テクノロジーは貧困を救わない

テクノロジーは貧困を救わない