なぜ脳はアートがわかるのか(著:エリック・R・カンデル)を読みました

「還元主義」を鍵概念にし、美術史(特に抽象画にいたる絵画)とそれを鑑賞する脳の働きを解説した本。

 

抽象画ってよく分かんないな、どういうつもりでこういうの描こうと思ったんだろうな、と常々疑問に感じていたのですが、本書を読んでその成立の背景がよく分かりました。
写真の登場により三次元を二次元に精密に再現することが絵の重要事項でなくなり、むしろ描き手の主観や、鑑賞者の情動に訴えかける表現を行うことが絵画の主要な狙いになっていった、その結果具象的なフォルムが抜け落ち、線、色、光といった要素へと還元されていったのが抽象画が生まれた背景だったようです。

 

本書が面白いのはこうした抽象画が鑑賞者にとってどんな対象であるか、脳科学の知見から迫っていることです。

脳科学においても、部位ごとの働きを調べるために「還元主義」のアプローチが取られてきました。つまり、なるべくシンプルなユニットの構成要素とそこで起きる反応を追うことで、脳の特定の部分の働きを知ろうとするということです。

その脳科学が明らかにしてきたところでは、脳が行う知覚には、視覚からのインプットを解析することで得られるボトムアップのものと、記憶によりパターン化・分類するトップダウンのものがあるそう。

絵画の鑑賞について言えば、見てわかる具象画の鑑賞にはボトムアップの知覚で事足りますが、抽象画の鑑賞においては、トップダウン型の知覚で鑑賞者が積極的に意味を汲み取っていく”シェア”=役割の持ち分を持つことになります。人間の情動はトップダウン型の知覚と深くかかわっており、自己の内的な知覚とよりパーソナルに向き合うことを促される抽象画は、その仕組みも使って鑑賞者の情動に訴えかけることを企図しているもの、とされていました。

 

"Don't think, just  feel."をたまに実践するために、毎回「わっかんないなー」と思いながらもアート鑑賞に出かけることがあるのですが、本書のおかげで少なくともjust feel を実践するとき何が起きているのかは理解することできたんじゃないかと思います。

著者は科学と人文学の溝を超えることを企図して本書を著したそうですが、その狙い通りどちらも横断的に行き来していて、多面的な読書体験ができる一冊で二度おいしいような本でした。

 

なぜ脳はアートがわかるのか ―現代美術史から学ぶ脳科学入門―

なぜ脳はアートがわかるのか ―現代美術史から学ぶ脳科学入門―