エクソダス(著:ポール・コリア―)を読みました

移民についての議論は多くの場合、「受け入れ反対!」と「受け入れ容認!」という相容れない二つの立場の激突のようになりやすい。でもこれはともに極端なスタンスで、そこに欠けているのは「どのくらい」「どのように」という”How"の議論であるというのが著者の基本的な考えです。

 

移民がもたらす経済的、社会的影響を①移民本人、②受け入れ国の先住人、③移民を送り出した国に残された人、の3主体それぞれについて検討した結果、
1.移住先の社会に同化しない移民が増えすぎないように人数上限を設けて移民を受け入れるのが望ましく、
2.受け入れた国では多文化主義を取るより同化を進めた方がよい、
という方向性を示しています。

 

興味深かったのは、移民の経済的な影響は実は大きくないということ。
移民先の国では雇用が奪われる、賃金水準が下がるなどの懸念がされることが多いですが、実証データが示すところでは、最低水準の雇用においてのみ先住人と移民との競合が起きるのみで、移民の受け入れが雇用全体の賃金を引き下げる効果はあまりないそうです。また送り出しの家族にとっても移民者からの仕送りは元の収入の一桁%に過ぎず、追加的な収入としてはあまり大きなインパクトを持っていません。移民本人にとっては確かに大幅に給与が上がりますが、祖国や家族と離れて暮らすことに伴う不利益や移住先で受ける差別的待遇など非経済的要因に相殺され、幸福感は上がらないことが示されていました。

 

むしろ移民の効果が効いてくるのは社会システムへの影響なんだそうです。
なぜ富裕国と貧困国でこんなにも所得が異なるかというと、それはひとりひとりの労働者の生産性が異なるからではなく、社会システムが異なるからだというのが著者の主張です。他人や社会に対する高い信頼、安定した法制度、所得再分配を含む寛容な社会福祉制度などがそれに当たります。

富裕国は長い時間をかけて経済的繁栄に適合する社会システムを作ってきました。そこに移住先の社会にあまり同化せず、もともといたどちらかというと低信頼の社会システムをひきずった移民の大きなグループができてくると、どうなるか?

先住民と移民のグループが交わらないのはすぐわかりますが、なんと先住民のグループ内でも個人的関心への引きこもりが生じ、もともと根付いていた社会システムが変調をきたしてしまうのだそうです。これが、同化しない移民のグループが大きくならないよう、移民の受け入れ数を制限する根拠になってきます。

また一般に言われる「頭脳流出」についても、それがいつも送り出し側の国にとって悪い影響を及ぼすとは限らないのも、社会システムの面から説明がつきます。ひとつには移住した人がロールモデルとなって送り出し国側の家族の教育意欲を高めること(その全員が移住できるわけではないので、結果的に送り出し国側に教育を受けた人材が残ることになり、それが社会システム改善への圧力になりうる)、ふたつには留学という形で国を出て戻る人が多い場合、一時的にでも富裕国の社会システムに触れた人々が帰国後祖国の社会システム改善にその経験を活かせる可能性がある、ということです。

 

扉を開けるか閉めるかという単純な二者択一に陥らず、また目の前の出来事に流され感情的な議論で政策を決めないよう、冷静な分析で「移民」をめぐる政策オプションを検討している本書の議論の枠組みは、場当たり的対応を避け先んじて考えておくために、とても有用性が高いのではないかと思いました。

 

エクソダス

エクソダス

 

 

ちなみに、本書の前にイギリスで暮らす移民1世・2世の声を集めた「よい移民」という本を読みましたが、そちらは移民当事者が移民先の社会で直面する状況がよく伺い知れる内容になっています。(読んでいてヒリヒリします。)本書と合わせてどうぞ。

 

よい移民

よい移民

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2019/07/29
  • メディア: 単行本