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「リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください--井上達夫の法哲学入門」(著: 井上達夫)を読みました

本棚

読了。

リベラリズムとは等しき事例は等しく扱うという正義に立脚して判断を下す政治姿勢である。しかし日本のリベラルは戦争責任、安全保障、憲法について二重基準を用いており欺瞞的である。かかるリベラルの再定義の他、正義論が独断に陥るのを防ぎ、立法の正統性を問うため、今、正義概念論が必要である。」(140字)

こないだ保守主義の本を読んだので、今度はリベラリズムの方を。

両方読んでざっくり言うと、保守主義帰納的、リベラリズムが演繹的っていうことかなぁ。

本書筆者の場合、多様にある「善」(善き生き方)・「正義の諸構想」(功利主義・公正としての正義・リバタリアン的な権利論など)が共通して志向する概念があって、それが「等しき事例は等しく扱う(Treat like cases alike.)」という「正義概念」で、これを最上のものとして議論を進めているとお見受けしました。

そういう意味で、保守主義が今ある制度を漸進的に見直していくというスタンスとすると、帰納的=演繹的の対象が一番ビビッドかなぁと思ったわけです。

タイトルはリベラリズム押しですが、本の内容は、前半がリベラリズム論、後半が正義(概念)論で、リベラリズム論は正義(概念)論の応用(適用)であるという構成だったようです。
即ち、リベラリズムの伝統である啓蒙(理性主義)と寛容の正の側面を引き出すには、根底に正義概念がなければならないという。

法・ルールのあり方について、国内からグローバルなものまで、なべて「正義概念」で切っていく様は、目からウロコでした。
※正義に適っているかどうかは、反転可能性テスト(自分の他者に対する行動や要求が、自分の視点だけではなく、他者の視点から見ても拒絶できないような理由によって正当化できるかどうか)で吟味できる。

ということで、引き続き本書の続編と『世界正義論』は、読んでみようと思います。