なぜ僕たちは金融街の人びとを嫌うのか?(著:ヨリス・ライエンダイク)を読みました

知識ゼロから始めてその道のいろんな人にインタビューしながら理解を深め、核心に迫っていく様子を読者と共有するというスタイルで取材・執筆する著者。
本書はロンドン、シティーを舞台に金融界をテーマに取材した2年間を追った記録です。

『ゼロ・トゥー・ワン』や『TED TALKS』も手掛けた関美和さんの訳でとても読みやすくスイスイ読めますが、読後は「あぁ、やっぱりか」という感じでもやっとする一冊です。

 

「金融業界にも多様な業態・職種があり、立場によってリーマンショックの見方も様々である。あの危機は一般の人びとの生活をも崩壊させかねない危険なものであったが、その真因である金融業界の文化、雇用環境、利益相反、逆インセンティブの構造は人びとの目から隠され、そのままに温存されている。」(138字)

 

監査部門とトレーダー・バンカーの力関係(もちろん、後者が圧倒的に強い)や、いったん足を踏み入れると生活レベルが落とせなくなるので抜けられなくなる(そして成績を上げるためにリスクをとり過ぎるなど無理筋を追ってしまう)というハイプレッシャーな環境、 何となくそうなんだろうなぁと思ってたことが中の人の口から実際に証言されていて、「ふむむー、そうかー。。。」という感じです。

 

モデルの上では分散されたはずのリスクが、個別の商品を超えた全社、あるいは会社をもまたいだマーケット全体では分散されておらず、誰も自分たちが抱えているリスクを正しく定量的に捉えられていない、というのも「さもありなん」という話し。

モデルが妥当性を持つ前提条件や外的環境がどの程度満たされているのかを把握するのは、どれだけコンピューティングが進んでも最終的には人間の直感に頼らざるをえないのではないかと思うのですが、商品が複雑になり過ぎているのと会社の規模が大きくなり過ぎているので、それを総体的に把握・判断できる人(たち)がいないんだろうなぁ。

それはそれはコワい話しだ。
金融機関のトップの方の人たちの仕事はほとんどババ抜きみたいなもんだな。

 

 現在の金融と通貨のシステムは”バブル”を生み出すようにできている、というのもなるほどな指摘。
金融商品を使って水増しした信用力をつぎこんで消費を促すと、それは経済成長にカウントされる。こうしてGDPが膨らむと、今度は従来以上の借り入れと信用創造が正当化される。これが循環すると、バブルが膨らんでいく。

 当面の間は自己実現的であるオーバーシューティングがないと「経済成長」が始まらないんじゃないか、とぼんやり考えていたのですが、こういうサイクルで説明できるんですね。

 

ともあれ、とっても多くの個人のエピソード(打ち明け話)が出てくるので、その悲喜こもごも様々な様子を垣間見るだけでも、読み物として面白いと思います。

なぜ僕たちは金融街の人びとを嫌うのか?

なぜ僕たちは金融街の人びとを嫌うのか?