アパレル・サバイバル(著:齋藤孝浩)を読みました

いつからともなく衣食住を手の届く範囲で、つまり匿名的な市場を通じてではなく、有名性のある関係の中で賄えるようになりたいなぁと感じるようになってきました。既存の市場や流通システムが何らかの不全を起こした場合でもサバイブできるようにとか、ほじくり返せば理由はいろいろひねり出せすが、まぁなんとなくその方が気持ちいいじゃんね、というくらいなものです。

そのうち衣の部分についてちょっと前にアパレル業界にいらっしゃる方をお招きしてお話を聞くトークイベントを開催したのですが、お話聞くにつれシステムが完全に制度疲労を起こしてそうだなと思いました。それ以来、業界のことをもっと知りたいなぁ考えていた矢先、本書に新聞の書評で出会って読んでみました。

 

一言で言うと、ITを使ったクローゼットの最適化にこそアパレルの未来がある、というのが筆者の提言でした。

ファッションについて消費者の立場から考えてみると、潜在的にカバーする領域は、新製品を売るという一局面だけでなく、二次流通、保管、コーディネーションの提案まで広がりを持っている。その広がりで考えてみると、最適化すべきは店頭の在庫ではなく、ユーザーのクローゼットの中身へと対象が移っていく。ITにより手持ちのワードローブをデータ化し、SNSの手法でコーディネーションのデータベースを構築し、両者とさらに外部データ(本人のスケジュールや天気予報など)を組み合わせることで日々の着こなしや買い足しの提案をし、あまり着なくなった服についてはワンクリックで二次流通のマーケットに出せる。アパレルメーカーのひとつのチャンスはこうした未来像の中に見出すことができるのではないか、というのが著者のストーリーです。

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アパレル・サバイバル P281

ZOZOやその傘下のWEAR、IQON、メルカリなど、勢いのあるファッションに関わるwebサービスの傾向を見ると、確かに著者が描くような未来はきっと来そうだなぁと思わせるものがあります。

 

一方少し気になったのは、指摘されている問題は、過剰在庫とそのリスクを織り込んだ定価の値付け、売れ残り品の値下げ販売の常態化、ファッションのファスト化による短寿命化、低原価率ゆえの低賃金労働・生産地の低賃金国への遷移など、どれもアパレルメーカーが抱える問題なのに対して、著者が提案している解決策は、ZOZOなど小売りのプラットフォーマーが採用しうるアプローチなので(※)、必ずしも既存の問題の解決に直結しないのではないか、ということです。

※仮にクローゼット最適化に資するアプリがあったとして、それは1アパレルメーカーだけのものであるはずがなく(というのも既存のワードローブがアウターから下着に至るまで1つのアパレルメーカーで占められるはずがないから)、その機能を果たせるのは複数のメーカーをまたいで流通させることができる小売り側の立場になると考えられます。

問題の一番の解決策は、適量を定価で売り切ることに尽き、それを究極的に実現するには受注生産しかないと本書でも指摘されていますが、個人的にはアパレルメーカーにとっての未来はむしろこちらの方にこそあるような気がします。

もしくはもっとロングライフな関係性、低環境負荷などを考えると、お客様に買ってもらうものは材料一そろいと考え、以後は維持管理費を払い、減耗分の補充補修、年を経た後シルエットを変えるなどカスタマイズするのであればその作業はいつでもいくらでも無料で行う(材料費別)、というような業態もありえるのでしょうか・・・

 

問題点と未来像の微妙なズレをさておけば、本書で取り上げられている海外の事例(クリック&コレクトとスキャン&バイ)や、SAP・ファストファッションが変えたもの、ZARAユニクロが強い理由などの分析は、門外漢からすれば「へぇそうなんだ」と新鮮で面白く読みごたえのある内容になっていますし、提案されている未来像も十分現実性を感じさせるものになっています。

 消費者として身近な産業の行き先を知るという視点で読むと楽しめる一冊なのではないかと思いました。

 

アパレル・サバイバル

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